私たちは思い込み(妄想)で苦しむ必要はない
ラッセル・クロウが演じた映画ビューティフルマインドの主人公(ジョン・ナッシュ)は天才数学者で長年精神病で苦しんだ人である。 彼は政府からお願いされた極秘任務のプレッシャーによりだんだん精神的に追い詰められて行く。 そして、彼は自分が命狙われ追われていると言う妄想の世界を生きることになる。 次第にその症状は悪化し、妄想と現実を見分けることも出来なくなってしまう。
想像してみよう。 実際に追われていないのに、追われている感覚を持って生活を送っていると言うことを。 周りを気にせず音楽を楽しみながらジョギングをしたり、休日に友人と外食を楽しむことも出来ない。 いつも緊張を解くことがないのでゆっくり眠りにつくことも出来ず、やがて周りの人を怪しむようになる。 ‘自分は追われている’という妄想に生きる人はいつもこのような圧迫感の中を生きることになる。 聞くだけでも疲れる人生である。 しかし、私たちは気付いているだろうか? 私たちは皆、このような妄想を小さなレベルでかかえていることは多い。 本当ではないのに、本当だと信じ込むことで必要以上に苦しみを招いて生きることがあると言うことだ。
私たちに、小さなレベルでどんな思い込みがあるだろうか?
例:
1)メール連絡(電話)に返信がない ➡ 相手は私を嫌っている (思い込み!)
2)相手が廊下で挨拶を返さなかった ➡ 相手は私を見下している (思い込み!)
3)バレットパーキングで不親切にされた ➡ 高級車に乗ってない私を見下している(思い込み!)
まずは1)を見て見よう。 相手にちゃんとメールを送ったのに返信が帰って来ないと確かに相手は私を嫌っているのかなと言う感覚になる。 でも、ここで重要なのは、必ずしもそうではないと言うこと。 人がメールに返信出来ない理由は多い。 ただうっかりしている場合もあれば、また何とメールを返そうかと思っていて時間がかかる場合も多い。 そして、メールで上手く伝えられないことは次回対面で話した方が良いかなと考え返せていない場合もある。 (確かにマナーとしては、メールは出来るだけ3-4日内に返信するのがベスト。) でも、メールがしばらく帰って来ないからと言って相手に嫌われていると思うことは少し行き過ぎた自分が作り出した妄想である。 その感情が相手の言葉によって認証されるまではわざと先に自分からそう決めつける必要はない。 人は実際嫌われて苦しむより、嫌われていると思い込み苦しむ場合が非常に多いからである。 私も一気にメールが入る日は大事なメールを見落としてしまうことがある。 気づいたら1週間も返信をしていなかったことがある。 相手を嫌っているわけではなく、単純に‘まだ返信出来なかった’状況もあると言うことだ。 そう言う場合は、しっかりと謝りながらメールを返すことも大切であろう。
2)の例のように挨拶を交わすことにも誤解を招くような曖昧な領域がある。 ある人は10メートル離れていても手を振って挨拶して行く人もいれば、ある人は2-3メートル内に入って来ない限り挨拶をしない人がいる。 アメリカでは初対面でも、“今日の調子はどうだ?”と聞いて来る人が多い反面、イギリスでは共通友人から紹介されるまで先に話しをかけない人も多いと聞いている。 それは人によって挨拶のセンスが違うのである。 日本人でも性格的にシャイな人もいれば社交的な人がいる。 でも、相手が明るく挨拶してくれなかったことで私が寂しく思うことがあるなら、それは感情を無駄にしてしまうことにも繋がる。 相手はそんなつもりでない場合が結構多いからである。 私も以前道端で挨拶が無視されたと思ったら、相手の視力が悪いことを知り、気にしないことにした。 そしたら、相手は近づくまで人の顔を認識できないことを知った。 ポイントは挨拶されなかったことで一人の思い込みに暴走する必要はないと言うことである。
ここで、相手があなたを本当に嫌っていると仮定してみよう。 でも、だからそれがそんなに悲しむべきことだろうか? 正直大人の世界では相手があなたに不利益をもたらせる状況は少ない。 仮に社長があなたを嫌っていても不当な形で社員を首にするのは会社評判に大きな痛手になるので、そんな勝手なことをする社長も少ないはず。 つまり、ポイントは、本当に相手が私を嫌っていたしても、あなたがそれをそれほど恐れる必要はないと言うことである。 重要なのは、そのような感情に振り回され、あなたが精神的にやられないことである。
このような思い込みで苦しまないためには、まずこの質問が助けになる。
Q: 現在あなたを苦しませる思い込み(妄想)は何か?
(*思い込みとは= 事実だと確証されてないのに、勝手にそう決めつけている領域)
その次にすべきことは、その思い込みが事実だと確証されてない段階なら、まずは相手を良い人だと信じて上げることだ。 英語で benefit of the doubt(意味は‘疑わない利益’)と言う表現がある。 まずは、偏見を持たずに相手に悪い意図がないと言うことを信じてあげることである。 重要なのは、その人を完全に信用するより、まずは信じてあげると言うところである。 それが人との関係性を和ませる術だからである。
私たちは皆年を重ねるとともにEQ(心の知能指数)を働かせていく。 この人の顔色をうかがって仕事をしたり、部屋の温度に合わせて動くようになる。 でも、相手の言葉一つひとつ、またボディランゲージに気を配り過ぎると余計な思い込みに陥る場合もある。 すると、誰もあなたの首を絞めてなくても、自分自身で首を絞めることにもなりかねない。
Q: 誰があなたを嫌い、あなたを殺しに追って来ているのか?
もし、何も立証されたことが無ければあなたの心をむしばむ思い込みは捨てて前進していくべきである。 仮にその思い込みが少しは本当であっても、人は明るく生きることでそれを克服して行くことが出来る。 この世にあなたを大切に思う人は沢山いるはず。 愛する家族と友人たちと時間を共にすることでこれからも毒になるような思いと感情は捨てていこう。
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